ほっかいどう元気びと

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2017年12月3日のゲスト

熊田 架凜さん
「銘酒の裕多加」取締役常務
熊田架凜さん

アメリカ・カリフォルニア州ナパ市出身。
「カリフォルニア大学デービス校」で機械工学を学ぶ。
在学中の2006年5月から約3ヶ月、パックパッカーとして日本を訪れ、その旅の途中、100年以上続く札幌の日本酒専門店「銘酒の裕多加」の長女 熊田理恵さんと出会い日本酒のおいしさを知る。
2009年の結婚を機に熊田家に入り「銘酒の裕多加」五代目を継ぐため奮闘中。

村井裕子のインタビュー後記

 「ほっかいどう元気びと」でおひとりおひとりにお話を伺っていると、“なぜそうなるのかはわからないけれど、そういうことは確かにある”と確信できることがある。
 これまで約350人の方々に、それぞれの取り組み、そこに至るまでの道のり、そこから気づく生き方などをインタビューして来たが、その中から浮かび上がってくる共通の“法則”に深く頷くのだ。
 例えば、人の人生は何かに導かれたように進むことがあるということ。まるで、一本のレールに車輪が乗って、どこかへ運ばれるように。そのレールは、勿論目には見えないし、乗ろうと思っても乗れる訳ではないというところが難解至極、摩訶不思議。
 そして、より良いレールを出現させるために必要なのは、その人の日々の正直さや素直さや、誠実に何かに取り組む行動の積み重ね。昔の人がよく言っていた「天と繋がる道」を信じ、「敬天」を深めながら為すべきことを怠らないということ。それは、時代が変わろうと、国が違っていようと、性別が違っていようと同じなのではないか。・・・そんなことを感じたのが今回の「ほっかいどう元気びと」だった。

熊田架凜さん 札幌で116年続く老舗酒店「銘酒の裕多加」の常務取締役 熊田架凜さん(31歳)がお客様。熊田さんはアメリカ カリフォルニア州出身で元々の名前は“Carlin”と表記。「銘酒の裕多加」の長女である熊田理恵さんと結婚して、漢字をあてたのだそうだ。
 2006年に日本一周の旅をしようと東京に降り立った架凜さん。この旅の途中の北海道で将来の伴侶と日本酒の美味しさに出会い、結婚とともにお店を継ぐことになったその思いを聞かせていただいたが、収録後、「ほんとうに偶然の出会いで今の自分があるのです」と、その時の旅のミラクルストーリー番外編を綺麗な日本語の発音で聞かせてくれた。
 日本を回る旅はいわゆる“バックパッカー”。3ヶ月の日程の中、行き方も泊まる場所も決めずにまずは東京から北上しようと電車に乗り、気の向くまま水戸で降車。ヒッチハイクをするつもりではなかったけれどたまたま車に乗せて貰った家族がとても親切な人で、その人達の「ヒッチハイクでこの先も行ったら?」という提案にYesと思い、テントなどで野宿も経験しながらその都度優しい人達に出会い、北海道まで辿り着いたのだという。
 「どのタイミングでも1秒でも遅れたり早まったりしていたら、今の自分はいない」
 そう表現するように、一生の伴侶と出会い、そして、日本酒と出会ったことはとても不思議な出来事だったと続ける。
 旅で知り合った人の繋がりで当時理恵さんが営業していたバーに訪れたことが出会いのきっかけだったそうだが、ちょうどその時泊めてくれていた人が入院することになったために熊田家に泊めて貰うこととなり、その時点ですでに不思議なくらいご両親にもすんなりと受け入れて貰えたのだとほんとうに楽しそうに話す。
 架凜さんの何とも言えない物腰の柔らかさ、素直さ、明るさ、優しさに触れた人は、きっと、何かしてあげたいと行動に移すのだろうなと思いながら、“北海道のヒッチハイクの旅”の不思議なストーリー番外編にさらに惹き込まれていく。
 本来の旅の目的は“日本一周”。北海道から九州へも足を運び大阪から帰途に就くつもりだったそうだが、北海道での滞在が面白く、予定の日程をほぼ道内で過ごし、真夏で蒸し暑い京都周辺を少し観光してからアメリカに帰ったという。

熊田架凜さん 今、架凜さんは、かつて日本酒を知ろうと蔵元で修行した時に感じた“蔵人達の込める思い”をも伝えたいと、銘酒の販売のみならず、日本酒を広める活動にも力を入れていると収録の中でも語っていた。
 そして、「日本酒は綺麗な環境が無いとつくれないもの。お米を育てるには綺麗な水と綺麗な土、綺麗な空気が必要。そのために地球の環境を保つことも大事だと日本酒を通して伝えていきたい」とのこと。
 “地球を大事にする”という感覚は、お祖父さんが小さい頃に教えてくれたことだそう。道路にゴミが落ちていたら気づいた人が拾って綺麗にするのが当たり前と育ち、母親もオーガニックの食材に気を配り手作りの食事を用意してくれたなど、アメリカで育まれた感性なのだということを収録後にも語ってくれた。
 “綺麗な”という日本語を架凜さんは何度も使う。“綺麗な飲み物、綺麗な食べ物”・・・それらの元はどうなっているのだろうと、すべての起点である“地球の綺麗さ”を考えるという視点は、やはり大切にしていたいと改めて感じさせて貰えるお話だった。

 私個人の根拠の無い持論だが、「言葉を綺麗に使う人」とともに、「言葉の発音を綺麗にと心掛ける人」は、やはり“天”がここぞという時に少し背中を押してくれるのではと思っている。乱暴な物言いの人より、あたたかく丁寧な伝え方をする人の方の味方をするのではないかと。
 熊田架凜さんに初めましてとご挨拶した時の第一印象は、「なんて日本語の発音が綺麗なアメリカの人なのだろう」というものだった。特に、五十音の中の「ら行」の歯切れの心地良いこと。 そんな印象をすぐに伝えると、「まずは発音をきちんと出来るようにと心掛けました」と嬉しそうに言う。文法以上に発音が綺麗な方が大事だと思って練習しました、と。
 今の日本、言葉遣いを綺麗にという意識は勿論、日本語の発音を綺麗にと心を砕いている人がどれ位いるだろう。発音というのは空気の振動である。いい空気を醸し出すか否か、それは、相手のためでもあるが、その場の環境を作るものでもある。それこそ自分の人生をより良い方向に導く流れを作るそのものでもある。
 今回、多くの偶然の出会いで親切な人達に導かれた結果、ご自身の使命を楽しく果たされているという「元気びと」のお話を伺って、やはり“言葉の音の醸し出す力”は確かにあるに違いないと改めて感じたが、翻って我々の“母語としての日本語”だ。何ともささくれ立った発音やきつい物言いを街で耳にしてざわりとすることがある。心の中の幸せエネルギーをあえて消耗させてしまって、もったいないなと思う。
 そういう、言葉など目には見えないもの、使い方を見直したからといってすぐさま“利益”などに結びつかないものなどは、今の世の中では取るに足りないものとして見過ごされていくのだろうか。・・・
 母語ではない日本語に敬意を払って美しく話そうとし、日本の食文化を尊重してそれを大切に語ろうとする人を前に、感じることは多かった。

(インタビュー後記 村井裕子)

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