ほっかいどう元気びと

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2017年12月24日のゲスト

大澤 仁朗さん
「ジロー・工務店」代表
大澤仁朗さん

札幌市出身 30歳。
高校卒業後、国土交通省による国家プロジェクトの「大工育成塾」で3年間学び、岩見沢の「武部建設株式会社」に入社。大工として新築住宅の建設、古民家再生、大型木造建築物まで幅広い仕事を経験し、2017年4月に独立して江別市で「ジロー・工務店」を立ち上げる。
今年度の建設産業に従事する人を対象とした作文コンクールで“「私たちの主張」 - 未来を創造する建設業”という課題で書いた作文が最高賞である国土交通大臣賞に選ばれた。

村井裕子のインタビュー後記

 ここのところ書籍の売り上げ上位ランキングを続ける『君たちはどう生きるか』という一冊が気になっていた。漫画である。コミックを読む習慣が無いので、そのじわじわ高まる人気を遠巻きに見ていたのだが、実際に書店に行ってみるといろいろなことがわかった。原作は吉野源三郎さん(1899一1981)。元々は昭和12年に、文章で綴られた『君たちはどう生きるか』が発表されている。80年の時を経て漫画化され、改めて今の世に大事なことを問い、改めて共感の輪が広がっているという。
 発表された当時はひたひたと日本が戦争に向かっていた時代。皆が1つの考え方に括られようとしていたそんな時代に、吉野さんは少年少女達に向けて“君はどう生きるか?”という個々にしっかり持つべき哲学を繰り返し問うている。自分で考え、自分で決めて、自分で生きる「自分の人生」なのだからと。そんな問いかけや投げかけの中にこんな表現がある。
 「君自身がまず、人間のりっぱさがどこにあるか、それをほんとうに君のたましいで知ることだ。そうして、心の底から、りっぱな人間になりたいという気持ちを起こすことだ。・・・だれがなんていったって-というくらいな、心の張りがなければならないんだ。そうでなければ“りっぱそうにみえるひと”になるばかりで、ほんとうに“りっぱな人”にはなれないでしまうだろう」
 今回の「ほっかいどう元気びと」でお話を伺いながら、ふと、そんな一文を思い出した。

大澤仁朗さん 12月24日放送の「元気びと」は、江別市で「ジロー・工務店」を営む大工の大澤仁朗さん30歳。建設業に従事する人を対象にした作文コンクール“「私たちの主張」-未来を創造する建設業”で、平成29年度の最高賞「国土交通大臣賞」のひとりに選ばれた人だ。
 21歳で岩見沢の「武部建設株式会社」に入社してから30歳で独立して工務店を立ち上げるまで、現場の厳しさの中でどう大工としての技を身につけ、どうやりがいを見つけたのか、この仕事の魅力はどこにあるのか、そして、どんな覚悟で今後臨んでいくのか・・・「私の生涯をかける大工という仕事」と題された作文にはそんな気づきと決意が、時に素直に時にユーモラスに綴られている。
 大澤さんは高校生の時に、「お前は器用だから大工になれば」という友人の一言で将来の仕事を決めたというが、そんなに深く考えてのことではなかったとのこと。卒業後に国土交通省による国家プロジェクトの「大工塾」で学び、その後入社した武部建設で親方に付いて仕事を覚え初めてからどんどんのその面白さにめり込んでいったのだそうだ。
 大澤さんは言う。「大工の見習いは最初は現場でほとんど役に立たない。少しずつ仕事を覚えながらも“成績表”のようなものがあるわけではないので、自分がどこまで出来るようになったのかもわからない」。それがとてもキツイのだ、と。
 そんな気持ちを振り向けてみたのが道具である刃物をとにかく一心に研ぐということ。細かい仕事の指示は兄弟子に任せてほとんど喋らなかった親方が直接教えてくれたのが、まずノミの研ぎ方だったそうだ。作業の合間や夜に黙々と練習していると、先輩達が目を掛け、声を掛け、評価をしてくれる。アドバイスのコツの通りにやってみるとその通り上手くなる。それが楽しくて、また必死に研ぐ。そうやってコツコツと成したことは小さなことではあるが結果となって目に見え、その取り組みで掴んだことをまた他の仕事に応用出来ることをまた掴み、自信になっていったのだという。

 仕事というのは全く違う職種でも、例えば“技”を習得するという仕事で言えば基本的な心構えは同じだ。最初は小さなところから基本通りに反復練習を必死に続けて面白味を実感するところまで辿り着き、そこから果てしない時間を掛けて深めていくものなのだと改めて思う。試されるように襲ってくるのは、反復練習の単調さ。そして、「これが何に役に立つのか」という疑問、「向いているのか」という不安、「ちょっと手を抜いても変わりはしないからこの程度でいいや」という慢心・・・。そこを乗り越えて継続し、初めて“達成感”という果実を手にすることが出来るのだ。そんなふうに誠実に向き合ううちに人としての土台も作られていくのだろう。
 大澤さんは、やるべきことをきちんとこなせる大工は、あらゆる現場で幾通りにも応用が出来るのだと力を込める。時代が変わって、今は、昔ながらの技術を一から身に付け応用が出来る大工と、建築の工法が様々に工夫されてきたことからそれを“組み立てる”仕事のみ経験する大工とがいて、出来ることと出来ないことが人により随分差が出てきているのだそう。大澤さんは、前者にこだわり、そして、そういう仕事を是非とも若い人達につないでいきたいと、静かながら熱く語る。
 その駆り立てられるような思いの背景にあるのは、世の中の大工不足(成り手不足)。そして、経営効率を求められるこの時代はどの業界も同じだが、育成に手が回らない状況であること。大澤さんが、背中を推されるようにして作文を書いたのは、自分が体験で掴んだ“ものづくり”の仕事の魅力と醍醐味をなんとか若い次の世代の人達にも伝えたいという思いと、自分が選んだ大工という脈々と繋がってきた仕事の“誇り”を今一度言葉にしておきたかったからなのだと伝わってくる。

大澤仁朗さん そして、大澤さんは“人間味”という言葉を使い、その世界で生きる人達の魅力を語る。大工という仕事は、個人の技術を発揮するのはもちろんだが、ひとりでは出来ない仕事。チームでひとつのものを力を合わせて作り上げる時に生まれる一体感や、そこに流れる人間関係の味わいがなんとも言えずにいいのだと実感を込めて話してくれた。
 そういう現場の親方達のかっこよさは、「普段は言葉が足りなかったり、コミュニケーションが下手だったりするけど、現場の課題は必ず何とかする。その結果を必ず出すというところ」。ほんものの“ものづくり”の現場では、やはり、自分はここで何をすべきなのか、何を疎かにしてはならないのか、どう覚悟を決めるのかという強い気持ちが、当たり前のようにあるのだろう。
 「立派そうに見える人」か、「立派な人か」。その違いは、そんな、仕事を通しての“覚悟”の有る無しにもよるのかもしれない。
 少し今時の若者口調で笑いも織り混ぜながら“覚悟”を語る若き大工さんの話を聞き、頼もしい思いでインタビューを終えた。

 『君たちはどう生きるか』の中には、簡単な言葉だがはっと気づかされる表現が沢山ある。この一文もそのひとつ。
 「まず肝心なことは、いつでも自分がほんとうに感じたことや、真実、心を動かされたことから出発して、その意味を考えていくことだと思う。・・・君自身が心から感じたことや、しみじみと心動かされたことをくれぐれも大切にしなくてはいけない」
 大澤さんが自分の仕事を通して考えたことを作文に書いたというのは、そういう大切さを無意識に育んでいたのだろうなと思うし、私自身のこのインタビュー後記も、そうでありたいと改めて思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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