ほっかいどう元気びと

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2018年2月4日のゲスト

森 健太さん
浦幌町地域おこし協力隊
地域商社「ちおかい」社長
森健太さん

三重県出身 23歳。
地元の高校を卒業後、龍谷大学社会学部に進学し地域コミュニティや地域づくりを学ぶ。
在学中に京都や岩手、兵庫などで様々なまちおこし活動に関わり、その中で北海道浦幌町で2泊3日の研修に参加。子どもの郷土への愛着や誇りを育む〝うらほろスタイル〟の取り組みに興味を持ち、2016年4月、地域おこし協力隊として浦幌町に移住。
2017年9月に町の花である「ハマナス」をつかったコスメを開発・販売する地域商社「ちおかい」を立ち上げ、今年2月末の発売を目指している。

村井裕子のインタビュー後記

 この3月で「ほっかいどう元気びと」は丸7年になる。続けていて嬉しいのは、出演者の方々がこのインタビュー後記を読んでいてくださり、時折、「楽しみにチェックしていますよ」とか、「自分の仕事に繋がる方を興味深く拝見していますよ」とか、「ヒントをいただいて次の活動に繋げています」などなど、メールやお便りをいただくことだ。全道の様々な分野で活動する人達の“元気びと便覧”としてこの後記を活用していただき、さらに個々の新たな取り組みに繋げて貰えるとしたらなんと素敵な化学反応だろう。
 あるいは、思いもよらないところで「元気びと」達がすでに友人・知人だったりすることもある。それもまたさらなる可能性が感じられる嬉しい絆の再発見だ。

森健太さん 3月最初の「元気びと」は、十勝の浦幌町で地域おこし協力隊として活動しながら地域商社「ちおかい」を立ち上げて地元の産業創出を推し進める森 健太さん 23歳。
 三重県出身の森さんだが、人口5千人弱の浦幌町が10年ほど前から“子どもを軸とした町づくり”として取り組んでいる「うらほろスタイル」に賛同し、2016年浦幌町に移住。主に“若者の仕事創造事業”などに携わり、この春にはハマナスの花を原料としたコスメの販売を実現させるという。なぜ浦幌町だったのか、地域で働くということにどういう思いを込めているのか、その原動力を伺った。
 森さんの原動力は、順風満帆な日常から生まれたものではないという。スポーツや大学受験で挫折を経験し、“第一希望”ではない大学生活の中で「自分は何が出来るのか」を見失っていた時期があったのだとか。日々に楽しさも見いだせず悶々としていたというが、軽い気持ちで登った富士山で九死に一生を得、その時の見知らぬ人からの温かさにより「人と繋がる大切さ」を実感。いろんな場所に行っていろんな人と会ってみようと思い、全国あちこちの町おこし活動に関わっていく延長線上で浦幌町の取り組みに出会えたのだという。

森健太さん 「うらほろスタイル」の魅力は、浦幌町に生まれて育つ子供達が自分達の土地に誇りが持てるような仕組み作り。今回販売するコスメも、浦幌町の花であるハマナスを使って新しい産業をどう生み出すかを小中学生に考えて貰ったところからプロジェクトがスタートしているのだそうで、次世代を生きる若者達の意識を掘り起こし、自分事として町のことを考えて貰うきっかけにという願いが込められている。
 森さんが携わる“若者の仕事創造事業”は、子供達も“当事者”として関わる新産業をどのように定着させていくかという試み。高校や大学進学で故郷を離れても、卒業後に地元で働きたいという願いが叶えられるような雇用の創出に繋げる取り組みだ。
 ひと頃盛んに地方に作られた“ハコモノ”や一過性の観光資源ではなく、これから益々必要なのは、生まれた町に対する「誇りの創出」なのだと伝わってくる。森さんは、大学時代にいろいろな町おこし活動に関わり、観光地を訪れる中で、“消費しているだけ”の感覚や、あるものを“提供されているだけ”の感覚に違和感を覚え、田舎と言われる地方の“自分達で作る”感覚のほうにどんどん惹かれていったという。
 大企業も斜陽になる時代である。「仕事って一体何なのだろう?」「みんなが・・・ではなく、自分がやりたい仕事は何なのだろう?」という問いかけがさらに必要になっていく時代なのだ。地方が持つ可能性を子供達と共有していくという十勝の浦幌町の取り組みは、そんな視点から見ると“最先端”の試みだ。
 森さんは、実際に浦幌町で培った仕事観について、収録後にこう表現されていた。
 「地域での仕事は、利益を上げるためだけではなく、人に役立つとか町の課題を解決するためという“公益性”も大事。さらに、そこに、“自分のため”という自己実現も加わるのがやりがいです」
 これからの仕事の多様性はまだまだある。地方の中に。・・・そんなことを嬉しく感じさせて貰った頼もしいお話だった。

 収録後にはホームページ用の写真を撮りながらさらに色々な話を興味深く聞かせていただいているのだが、そこで思いがけない繋がりを発見することもある。
 「うらほろスタイル」が目指すのは、「子どもたちが夢と希望を抱けるまち」とのこと。故郷である農村漁村をどう活かし都市部とどんなふうに繋げていくかという取り組みだが、その理念からは子供達の「生きる力」を育てたいのだという思いがしっかりと伝わってくる。この時代性の中で何がほんとうに大切かという志がはっきりしていてとても心に響くのだ。
  「この“うらほろスタイル”は素敵な活動ですね。中心になっている人は?」と伺うと、「元々は東京の人で、北海道にやってきた最初は漁師をしていた人で・・・」との答え。あれ?なんだか聞いたことのあるストーリー。漁師に憧れて来道し海沿いを歩いて歩いて漁師志願。ついには靴底が無くなって・・・。「それは近江さん?!」「そうです。その人が“うらほろスタイル”を作った人です」
 以前、「ほっかいどう元気びと」に出ていただいた近江正隆さん(2011年11月20日放送)。十勝の農村漁村の活性化のため、そして北海道と都市を結ぶための活動に十数年前から尽力されている。船の転覆事故で九死に一生を得たことをきっかけに方向性を大変換したと話されていた。自分のためではなく、皆のために何が出来るかという大変換をと。
 その近江さんが軸になっているという「うらほろスタイル」。その思いに森さんのような若者が共感して町のために働いている。繋がっているなぁと志の継承にしみじみ感動。
 “うらほろスタイル”のように、子供達への町に対する「誇りの創出」がなされていけば、必ずそれを受け継ぐ若者が現れてくるはず。何年後かの「ほっかいどう元気びと」に、そんな若者が出てくれたらいいなぁ・・・。
 遙か先に出会えるかもしれない未来の「元気びと」を想像しながら、番組としてそういう“バトン”をしっかりと伝えていく役割も再認識させていただいた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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