ほっかいどう元気びと

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2018年2月11日のゲスト

三谷 淳さん
株式会社コンサドーレ ホームタウン事業推進部部長
三谷淳さん

稚内市出身 59歳。
東海大学通信工学科卒業。
神戸で電子通信機器メーカーなどに勤務したのち、独立。阪神大震災をきっかけに1995年北海道へ戻り、販売促進や編集の仕事に携わる。
コンサドーレ札幌のサポーターとして活動したのち、2003年にコンサドーレに入社。
現在はホームタウン事業推進部部長として地域とチームをつなぐ役割を担っている。

村井裕子のインタビュー後記

三谷淳さん 2月11日の「ほっかいどう元気びと」は、株式会社コンサドーレ ホームタウン事業推進部部長を務める三谷 淳(あつし)さん 59歳。元々はサポーターの一員として熱心にコンサドーレに関わっていたが、内側からチームを支えようと一念発起。社員の立場になってチームと地域、チームとサポーターを繋ぐ役割を担っているという。
 熱き心のサポーター達に触発されてサポーターになり、さらには運営側になっていったその思い、そして、今この仕事を通して叶えたい思いを聞かせていただいた。

 三谷さんは稚内市の出身だが、本州の大学を卒業後に神戸市の電子通信機器メーカーに勤めて十数年関西で暮らし、1995年に北海道札幌に戻って販売促進企画のディレクションなどの仕事に携わっていたという。札幌ではちょうどその翌年からコンサドーレが始動。宮の沢の白い恋人サッカー場で選手達の練習を見に行く人達も増えてきたそんな時期、自宅が近かった三谷さんはふらりとその場を通りかかり、今まで見たことのないサポーターという存在にとても興味を引かれたのだそうだ。
 サッカーが大好きでのめり込む・・・というのではなく、「この人達、いったいなんなのだろう?」という気持ち。“サポーター”という人達への興味。ファンではなく、「チームのために自分には何が出来るだろう」「運営会社の経営状況に即して我々は何が出来るか」「存続させるためにどんな方法があるか」などをも考える、まさに“サポートするための存在”が面白くて、三谷さん曰く“ミイラ取りがミイラになる”ように活動に深く関わっていったのだという。
 どこに勤めていようがどんな役職に就いていようがそんなことは関係無く繋がれる人達。チームのために例えばグラウンドの整備や雪かきなど自分が動けることは何があるかを熱心に考え、語り、率先して動く人達。時には企業をも巻き込んでチャーター機も飛ばす、ツアーも立ち上げる。損得などではない、関わったことで得られる達成感を喜ぶ人達。・・・三谷さんのお話からはそんなサポーター達のイメージが浮かんでくる。
 「サポーターとして達成感を感じることが出来れば、翌日の自分の仕事も頑張ろうと思えますものね」と試合で燃焼した後の心境を想像して伝えると、「その逆もありますね」と三谷さん。自分の仕事でやり甲斐を見つけられなかったり悩みを抱えていたりしていても、自分の支持するチームのために働けて何らかの成果を生み出せば、それ自体が生きるエネルギーになるのだ、と。

三谷淳さん 三谷さんのお話は分析に基づいている。なぜそうなのか? なぜそうなるのか? それがどんなふうに影響を与えているのか? というリサーチが下敷きになっている。元々の仕事で培ってきたのが販売促進企画という分野であり、そこには必ず“マーケティング”という調査・分析が欠かせない。いわゆる“市場調査”。人はどういう思いで、何を求めているかといった思いを調べて集約し、その心理に合ったモノや情報を提供する仕事に長く関わってきたとのこと。コンサドーレのサポーター達の思いの背景にあるものは何だろうと最初に抱いた興味やその謎を解明したいという思いもそんな長年の経験から来ているのだろう。
 その熱き“市場”であるサポーター達の根っこにあるものは、「北海道という地域に対する強い愛情」なのだと語っていたが、収録後の雑談でも独自リサーチと分析によるこぼれ話は続く。
 三谷さんのお話に何度も出てくるのが「属性」という言葉。簡単に言えば「属する性質」。まさにマーケティングの視点からの面白い表現だが、サッカー・コンサドーレのサポーターの“属性”はと言えば、「“阪神タイガースファンの地元愛”と“宝塚歌劇ファンの宝塚命”。その2つを足して2で割った感じ」。神戸で十数年暮らして阪神タイガースファンを見続け、宝塚に通うファンの心情に直に触れてそんな分析をしたのだという。「阪神ファンが聞いたら、そりゃ違うわ一、緒にするなと怒られますけどね」と三谷さん。
 95年に阪神淡路大震災を神戸で経験。その地域の人達の地元への思いの強さを感じたとインタビューの中でも話されていた。彼らは未曾有の大災害に遭いながらも、お上ではなく自分達の力で自分達の町を再建しようと踏ん張っていた、と。その強烈な地元愛を札幌に帰ってきて出会ったコンサドーレ・サポーターの人達の中にも感じたのだという。北海道は土地への思いが薄いと思っていたがとんでもない。“北海道のコンサドーレ”を自分達で支えていこうという北海道愛に溢れているのを感じたのだそうだ。

 スポーツを核にして大切にされていたのは土地であり、人。三谷さんはそういう“属性”の可能性がさらに土地や人を良い循環にしていくと思ったからこそ、運営会社の一員としてそれを支える役割を担いたいとその道を選んだ。
 チームを支えるサポーター、そのサポーターを支える社員、北海道という場所でぐるりと繋がって互いにサポートし合っているという興味深い世界。三谷さんは、「サッカーの試合は勿論ですが、サポーターを見に来てください。面白いですよ」と新鮮な視点でスポーツに足を運ぶ醍醐味を提案していた。
 そして、「北海道の各地方も、人も、コンサドーレをどうぞ利用してください」という提案も。地方がコンサドーレを“使って”活性化を図る。個人がコンサドーレを“使って”自己実現を図る。そのためにどんどんサッカーを使ってください、と。

 何かの事柄に対して、「なぜ、そうなっているのだろう?」「この人達は何を思い、何を考え、何を求めているのだろう?」という“属性”を知る疑問は何らかの気づきを促す。
 そんな“はてな”を面白がることでまだまだ見えていない物事の本質が浮き彫りになってくるのだと改めて思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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