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2018年2月18日のゲスト

伊月 布美さん
「ネイル ユミハリ」オーナー・ネイリスト
伊月布美さん

札幌市出身 32歳。
中学生の時に難病の「クローン病」を発症し、入退院を繰り返しながら定時制高校に通い、北海学園大学日本文化学科に進学。
卒業後は製薬会社で働きながらスクールに通いネイリストの資格を取得し、2014年、札幌市中央区大通にあるコワーキングスペース「ドリノキ」の一角にネイルサロン「ネイル ユミハリ」を開業した。

村井裕子のインタビュー後記

 人生60年に差しかかると、どう考えてももう「折り返し」はない。そうすると必然的に一生をどう終わりたいかという願望が自分の中で明らかになってくる。
 私は、旅立ちの時に沢山の“幸せな記憶”で心を満たせる自分でいられたらいいと思っている。どんな場所で誰にいて欲しいという願望はあっても「その時」の状況は自分では変えられない。変えられるものは「心持ち」だけ。だからこそ日々せっせと蓄えようと思うのだ、小さくても幸せな記憶を。
 どう終わるかを考えることはどう生きるかに繋がる。最期を笑顔の記憶で満たしたいと願えば、日々も笑いを積み重ねることが出来るだろう。さらに、そういられるために少しでも近づけたら・・・と思うのが、「自分が苦しんでいるのにもかかわらず、相手に対する思いやりとして笑いを示す」という生き方。「これこそが真に深みのあるユーモアだと思います」という上智大学名誉教授で死生学の専門家 アルフォンス・デーケンさんが表したユーモアの定義だ。
 元気な時にはいくらでも理想を掲げることが出来る。しかし、病などで辛く苦しい時に、果たしてそういう振る舞いが出来るだろうか。未知の領域だけに自信はないが、デーケンさんの言う「・・・にもかかわらず笑う」という価値観を忘れないように加齢の坂道を登っていきたいと思っている。

伊月布美さん 「ほっかいどう元気びと」でインタビューしていると、日々そんなふうに大切に思っていることをさらりと実践している人に出会い、より深くその思いを刻むことがある。
 2月18日のお客様は、札幌のコワーキングスペース「ドリノキ」の一角に「ネイルサロン ユミハリ」を出店している伊月布美(いつきふみ)さん 32歳。中学の頃から難病の「クローン病」と向き合いながらネイリストという仕事を確立し、その人らしさを生かしたオリジナルのデザインで多くの人を喜ばせている。
 インタビュー収録の中で、いかなる状況に自分がいようとも自分ならではの何かを掴もうとする意思の強さとしなやかな行動力が整理された話し方から伝わって来たが、その生きる力を支えている原動力のひとつひとつがとても共感出来るものだった。
 ひとつには、自分自身で確立したネイリストという仕事で人に関わり、自分にしか出来ないことを提供することで喜んで貰えるという充実感。そしてもうひとつには、同じ病で苦しむ子供達に寄り添い、励まし、支えることから逆に元気を貰うという「病気の自分だからこそ」の役割感。それらを何の気負いも衒いも無く話す。
 「病も自分の一部」という考え方に至ることが出来たのだと察せられるが、その境地に達するまでには沢山の葛藤があったのだろうということも伝わってくる。
 クローン病という難病は、消化管に炎症を起こし、潰瘍などが出来る原因不明の病で、「食事を摂る口から、消化して出すところまでの器官に異常をきたす」という説明を淡々としてくれたが、食べ盛りの中学の時の発症というのはどれほど辛かっただろうと胸が痛くなる。いつもおなかが痛かったり下したり下血があったり発熱したりを繰り返す日々。伊月さんも多感な十代の頃に入退院を繰り返し、点滴に繋がれたままの日常に、「何のために生き、どう生きていけばいいのだろう」と先が見えなくなったこともあったという。
 それでも、勉強することをあきらめず、大学進学を叶え、製薬会社に就職。さらに身体のことを考えて「自営業で生きていく」と目標を定めてスクールに通い、ネイリストの資格を取って今があるとのこと。どんな状況でも、「自分は○○だから」という言い訳をせずに前に進んでいくことで道は開かれるのだと改めて感じさせて貰った。

伊月布美さん 伊月さんのしなやかさと強さはどこから来るのか。尚も収録後に問いかけて分かったことがある。文章を書くことが好きだと収録で話していたので、「どんなことをテーマに?」と訊くと、純文学的な小説をこれまで投稿したりしてきたそうだが、日々ブログで書くエッセイについて、「私が大事にしているのは、一番には、読んだ人が笑えることなんです」とのこと。
 「『笑える』ことが元気になることだと思うので、こんなくだらないことを伊月さん書いているんだ~(笑)と笑い飛ばしてほしいんです」
 かくも強くしなやかな生き方の核にあるのは「笑い」。その場の空気が一気に和む。そして、「病気のことはもちろん、子供の頃は7人家族。貧しすぎて神社に住んでいたことがありますということも笑って貰えるエピソードに使っています」と朗らかに続ける。
 同じ難病の子供達にも「病気だからこそのメリット」を積極的に伝えているのだそうだ。「それも武器にすると大勢の人に覚えてもらえるよ」と。
 文章を書くのが好きな人だけに、印象的なキーワードが溢れてくる収録後のやりとりだったが、その中でも強く胸に響いたのはこんな表現だった。
 「通り過ぎるといっそ面白い。その渦中は辛く悩んでいても、後で笑える」
 それは、「笑える」というより「笑うのだ」という意志の力のたまものであり、そのしなやかな実践に他ならない。

 「・・・にもかかわらず笑う」というのは、前述のデーケンさんによると、ドイツ語の「Humor ist, wenn man trotzdem lacht.(ユーモアとは、にもかかわらず笑うこと)」というドイツでは有名な表現からの引用だという。「本当のユーモアは人生の中で苦しいときに生まれるもの」。そうして、人に笑いかけることが思いやりなのだ、と。
 「人を笑う」のではなく、「人と笑う」という行為は、複雑に悩んだり、深く落ち込んだり、悲しんだりする感情的生き物である人間の、だからこその「知恵」なのだと改めて思う。
 苦しい時、辛い時、その感情をちゃんと受け止めたら、まずは笑おう。とりあえず笑ってみよう。大切な人、身近な人と共に。

(インタビュー後記 村井裕子)

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