ほっかいどう元気びと

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2018年2月25日のゲスト

朝倉 美砂さん
NPO かなえプロジェクト 代表
朝倉美砂さん

小樽市出身 46歳。
高校1年の頃から病気の両親にかわり家庭教師などをして家計を助け、北海道大学に進学。大学院にも進むがアルバイトとの両立が続かず中退。
その後も家庭教師を続ける中で乳がんを発症。
2016年に手術を受け、療養生活を経て進学支援の活動を再開。
NPO かなえプロジェクトを立ち上げ、困窮家庭の子どもたちの進学支援を行っている。

村井裕子のインタビュー後記

朝倉美砂さん 2月最後の「ほっかいどう元気びと」は、札幌のNPO「かなえプロジェクト」代表 朝倉美砂さん 46歳。困窮家庭の子供達を中心に家庭教師という関わりで進学の支援を続け、さらに持続的・組織的にサポートをしていくための仕組みづくりを現在進めているという。その取り組みの背景にどんな思いがあるのか、お話を伺った。

 ここ20年位前だろうか、派遣労働や格差社会、貧困という言葉が徐々に聞かれるようになり、国の仕組みからこぼれざるを得ない状況や人達に対して民間でのサポート活動が試行錯誤をしながらも活発に行われるようになってきている。朝倉さんの「困窮家庭の子供への進学支援」という関わりもそういう個人の志からスタートしている取り組みのひとつだ。
 10代の頃から家庭教師をしてきた朝倉さんが現在のような貧困家庭向けのサポートにシフトしてきたのはやはり今から20年ほど前。塾へ行かせる余裕は無いが子供を進学させたいと悩んでいた家庭と出会ったことがきっかけだったそう。それ以来、月謝は約五千円と低価格に設定し、高校や大学進学を叶える、あるいは、中退をさせないための家庭教師として子供達に向き合ってきたとのこと。
 お話を聞いていて伝わってくるのは、「貧困の連鎖を進学で食い止めたい」という願い。家が貧しいから進学は難しい、勉強する環境にはないとあきらめてしまえば、社会に出て仕事に就くことも難しくなってしまう。環境にかかわらず学習意欲が習慣化されて勉強を続けることが出来ればその子供は社会に出てしっかりとした働き手となり、貧困を自分の力で断ち切ることが出来る。その意欲を付けるための家庭教師であり、もう一方、親の意識を少しでも変化させることが出来ればとも朝倉さんは話す。「有償」としているのも子供への責任をその金額を捻出することで果たして欲しい、子供と寄り添って欲しいという思いを込めているのだと熱く語る。

 「貧困によって教育の権利が奪われない社会」を目指すとともに、その「家庭という小さな社会の責任を担う親の意識」をより良く変えていきたいという強い思いはご自身の生い立ちから来ているのだそうだ。
 10代の頃から家庭教師を始めたのは、父親が病気になり、母親も病弱のため、弟妹も含めて一家五人の家計を支えるための選択だったと話す朝倉さん。家庭教師の他にいくつもアルバイトを掛け持ちしながら奨学金で大学に入り大学院まで進んだものの、働き続けながら勉学に励むことに限界を感じ中退。そんな過酷な日々を振り返ってこう力説する。「うちの家族が、その時、困っているんですとSOSが出せていたら、あんなに辛いやり方ではなく、何かもっと方法があったのではと思うのです」と。
 一家の大黒柱が病気になり経済的に厳しい状況に陥っても、それまで整えてきた「きっちりした家庭」という体裁を守ろうとするあまりに人に助けて欲しいと言えないのが自分の家庭だった。その、家庭事情を隠そうとすることで状況がもっと悪くなったのだと思う、と。
 そして、翻って今の時代、そういう「貧困を隠そうとする」傾向は札幌など都市化された場所で特に顕著になっていると朝倉さんは言う。声を出して、話してみて、何らかの方法を探そうとすれば、セーフティネットを知ることも出来る。子供の養育や教育に関しても。だから、「困っているとSOSを出して欲しい」と思いを込める。

朝倉美砂さん 自分の経験を誰かのために活かそうという思いが「進学支援の家庭教師」を続ける原動力なのだと伝わってきたが、朝倉さん自身の頑張りは度を超し、体調を崩してもストップをかけられなかったという。「私自身がこれまでずっと助けてと言えずにやって来た。SOSが出せなかった」と笑い、癌という命に関わる病気を患ったことで、その「自分がやらなきゃ誰がやる」という苛烈なやり方をやっと転換させることが出来たと、清々しく話されていた。「癌のおかげ」で、この活動も自分ひとりで何とかしようという思いから、社会全体で持続可能な活動にしていこうと思えるようになったのだそうだ。
 療養生活をきっかけにそれまでのやり方をリセットし、今、子供達の養育や教育、貧困状態をサポートする関連の組織と横の繋がりを持ち、それぞれの強みを活かしながらどういう支援の仕組みが最も相応しいのかという体制作りを進めているという朝倉さん。収録後にも、「持続可能な仕組み作り」というキーワードを何度も使いながら、一過性ではなく、「ソーシャルビジネス」として回っていくための器作りをしていかなければいけないのだと強調されていた。正義感や志だけでは「一年草」で終わってしまう。「多年草」にするためにビジネスとして定着させることが必要です、と。そして、社会には「何か手助けをしたい」と思っている人達が大勢いる。人をサポートするための潜在的な人材はあちこちの地域に確実にいる。そういう地域の人達の力も借りながら実現させていきたいとも。
 「最初はお節介から始めたこと。でも、今は、人が変わっていくのを見るのが楽しくてしょうがない」と話す朝倉さんを支えているのは、関わることで変わっていった子供達や進学をきっかけに自分の生き方を見つけられた人達だという。人が内に持つエネルギー。その力を循環させるための仕組みは人の知恵が作っていくものなのだと改めて感じた。

 「人に助けを求める」というのは、実は案外難しい。「自分が頑張れば済むこと」「人に迷惑をかけたくない」という思いで突き進みがちだ。でも、勇気を出して相談してみると、人はとても親身に受け止めてくれるし自分では気づけなかった方法に辿り着くことも出来る。
 自分の人生に責任を持ち自分の力で進んでいくのは当然のことだが、人は生まれながらにして誰かを助けたい生きものなのだと何かで読んだことがある。逆の立場になって考えると、確かに、小さくても誰かを支えられた時に幸せなエネルギーが湧いてくる。
 「人に迷惑をかけられない」と思い続けて心身がどうにも固まってしまった時、そんな気持ちを思い出せばいいのかもしれないなと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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