ほっかいどう元気びと

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2018年3月18日のゲスト

三浦 和春さん
北海道一周2500km徒歩の旅に挑戦する
そば屋「雁喰」店主
三浦和春さん

岩見沢市出身 71歳。
高校を卒業後、大阪・和歌山・福岡で料理修業を重ね、札幌パークホテルに入社。洋食部門のコックとして10年ほど勤めた後、独立して洋食屋を開く。
その後、喫茶店を経て現在のお店「雁喰」をはじめる。昨年古希を迎えたのを機に今年の3月で店を閉め、5月からは札幌を起点に北海道1周2500キロを徒歩でまわる旅に出る予定。
この旅は“北海道150年事業「北海道みらい事業」”に認定されている。

村井裕子のインタビュー後記

三浦和春さん 3月18日の「ほっかいどう元気びと」は、この5月に北海道一周2500キロ・徒歩の旅をスタートさせる札幌のそば屋「雁喰(がんくい)」店主 三浦和春さん 71歳。古希を区切りに今年3月一杯で店を閉め、10年の構想、そして5年間準備を進めていた150日間の旅をいよいよ実行するという。行く先々では福祉施設などを訪れてそば打ちで地域の人達と交流する予定もあるとのこと。「北海道」と命名されて150年目の「北海道150年事業」プロジェクトにも認定されたその旅にどんな思いを込めているのか、お話を伺った。

 インタビューの事前準備をしていて頭の中に浮かんだのは、「どういう方法で歩くのか?」という疑問だった。荷物は担ぐの?そば打ちの道具は?水は?食料は?・・・。始めにそこからお訊きすると、それはまさに三浦さんオリジナル。まず、ルートは札幌を出発して海岸線を時計回りに進み、札幌に戻って来る行程とのことだが、その道中は車も使うし鉄道や路線バスなど公共交通機関も使うと言う。しかし、2500キロすべてが徒歩。この“なぞなぞ”のような旅の仕組みは、まず目的地(A)まで車で向かい、必要な荷物を持ってそこからJRかバスに乗って出発点まで戻る。その出発点から徒歩で目的地(A)へ向かうというもの。
 同じエリアを都合3回も違う手段で通ることになるその“ぐるっと海岸線の旅”は、例えば日本海側のオロロンラインなどは鉄道もバスも通っていない所が続くので、どこに車を置き、どう鉄道とバスを組み合わせるかなど事前にしっかりと吟味をし、さらに、コンビニも無い場所を延々と歩くことになるので、いったん車で向かう時に要所要所に水などを仕込んで(隠して・・・?)おくのだという。野生動物や鳥に取られないよう知恵を絞って編み出したのは木に吊しておくことだそう。作業光景を想像すると思わず笑ってしまうが、5年も前から函館や稚内で予行演習をして確立してきた“三浦方式”。それまでの経験則を総動員して綿密に練り上げてきた、これぞ「冒険」だ。そのとっておきの、しかも、ようやく実現する旅を語る71歳の三浦さんはほとんど少年の表情をしている。
 150日間徒歩の旅のモットーとしては、お金をかけないこと。泊まりは車中かテント。数日おきのお風呂は地元に昔からある銭湯に。そして、人や地元の迷惑にならないように、ごみ捨て可能な場所や車を泊めていい場所なども事前に細かく調べるのだと、収録後にもその気遣いをいくつも話されていた。そういう綿密さはトラブルやアクシデントを最大限に防ぐ「大人の冒険」だからこその計画であり、配慮なのだろう。

三浦和春さん なぜそんなに「歩くこと」が魅力なのかを伺うと、「これは実際にやってみないと分からないと思うけれど・・・」と前置きしその独自の感覚を表現してくださったが、お話から伝わってきたのは、大空と海、或いは山や緑、そういった自然の中をゆっくり歩くことで得られる“溶け込む”感覚。頭の中が“無”になれる感じ。そうして、今度は町に近づくことで次第に現実に“還る”感覚。その繰り返しの妙。いわゆる五感を開放して敏感になっているとそのどちらもが研ぎ澄まされるのかもしれない。だから、「現実」の町で見知らぬ土地の人達との偶然の出会いを楽しんだり、そば打ちを通しての「人との触れ合い」を計画したりするのも大事なことなのだと伝わってくる。
 71歳・三浦さんの徒歩の旅は、沢山のモノを“削ぎ落として”、素のままの人間として大地や人を体感したいということなのではと、ふと思う。5、60代の“ひよっこ”はまだまだ沢山の“荷物”を抱えていて、“削ぎ落とし”の域までは行き着けやしない。物理的にも精神的にも“引き算”が出来た時に、ほんとうに自分が好きなことや求めるものが見えてくるのだろうかと、その境地を想像する。
 そんな心境が収録後のやり取りの中でも語られ、旅の計画を立てる醍醐味の中には楽しく年を重ねる秘訣が感じられた。三浦さんは言う。
 「計画を立てている時が一番楽しい。それは頭の中でどこにでも行けるから。そうして、実行している時は夢中で、想像したよりあっという間。さらに、終わった後の余韻はわずかの間で、そうこうしているうちにまた次の計画が浮かんでワクワクする」
 それは、「今を楽しむということが、明日も楽しい」というシンプルな幸せの秘訣だ。そうして、照れながら言うのだった。「だから、71歳、そのまま子供なんだと思います」と。

 年をとるということは、すべてが坂道を転げるように「衰えていく」とこれまで世間一般では言われ続けてきた。足は弱り、物忘れは進み、新しいことは覚えられない。脳の細胞は死んでいく一方だからね、と。しかし、最近の脳研究では、それは間違いであったという説も多数出てきている。勿論、体力や筋力は年と共に低下し、反射神経などは鈍る。人の名前は忘れるし、注意力散漫になって「私は何をしに二階へ?」などという“繋がりの欠落”も頻繁に起こる。だが、どっこい、人の脳は高齢になっても「成長し続ける」部分もあるのだという。・・・というのは、ちょうど読んでいた「年をとるほど賢くなる『脳』の習慣」(バーバラ・ストローチ著 日本実業出版社)の受け売り。帯に書かれていた監修・解説の脳研究者・池谷裕二さんの“脳は経年劣化しない”という言葉に惹かれて読んでみたのだが、年をとっていく人々を同一人物で長期間に渡って研究し得られた結果を分析すると、「世界観が広がったり、パターンを識別する能力や点と点を結びつけて全体像が見えるようになる能力が身についたり、より創造的になったりする」ことが明らかになっているのだそうだ。
 すべての能力が雪崩のように滑り落ちるわけではなく、経験や蓄積によって脳は賢くなるとしたら、年齢のせいにして自分の可能性にストップをかけるような考え方をするのはほんとうに勿体無い。すべてがバラ色の現実などはあり得ないが、事実をきちんと知れば、しなくてもいい心配やいらない不安にさいなまれて「年だから」と悲観的になる必要などまったく無いということなのだ。
 カーリングのLS北見の選手達が試合に臨む心構えとして「ステイポジティブ」という表現を使っていたが、まさに、生きること、年を重ねていくことも同じ。年だから「もう無理」「衰える一方」といった根拠の無いネガティブな考え方を、「ステイポジティブ」に切り替えることで、人生のレースの終盤を良きものに変える力を引き出すのではと思う。
 「年をとると、確かに体力は無くなるけれど、忍耐力、持久力、そして知恵は付くね」と三浦さんも話されていた。綿密な計画が練れるのも、全体を一瞬にして把握出来るのも、難問に対して前向きに対処出来るのも、年を重ねたからこその“贈り物”。
 年を経ることに対する社会の「マイナスの風潮」は根強いものがあり、その空気はまるで“脅し”のように高齢者やその予備軍達を息苦しくさせてしまう。中高年の知恵や経験則にさらなる価値が見出されるようになれば風通しはもっと心地良いものになっていくだろう。
 これから益々進む高齢化社会に向けて、風潮そのものを「ステイポジティブに」・・・。この番組も多様な考え方を伝えることを通して役に立っていきたいと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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