ほっかいどう元気びと

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2018年4月1日のゲスト

中居 力さん
音楽ボランティアユニット「サウザンドパワー」
中居力さん

室蘭市出身。55歳
室蘭栄高校を卒業後、警察官、自衛官として勤務。20代半ばで神経難病の「多発性硬化症」を患い退官。入退院を繰り返す中で、オカリナの音色に魅了され「いつかは自分も演奏したい」と思いはじめる。
その後結婚し、2003年から妻の千文さんとともにオカリナを習い始め、半年後には「サウザンドパワー」を結成。
現在は娘の奏さんも加わり親子3人で西胆振を中心に活動している。

村井裕子のインタビュー後記

 4月のスタートだ。私の中で“4月”というのは、「社会と繋がるスタートを切った特別な月」だ。何度かここで書いたが、ほとんど右も左も分からない二十歳そこそこの“ひよっこ”が、札幌という街で念願だった放送局での仕事を始め、北海道に育てて貰った。そこから40年近く、この地でこの分野での仕事を継続してこられたのは奇跡以外のなにものでもない。
 なぜそんなにこの仕事を一生ものにしたかったのか・・・今、改めて振り返ると、今だから“言語化”出来ることがある。求めていたのは、地位でも看板でも勿論贅沢三昧な生活でもなく、“社会との接点を持ち続けたい”ということだった。何らかのかたちで社会に繋がり、役に立ち、社会からも沢山の喜びが還元されるという循環。それが一生続く。それこそが、夢。自分が培った技能を生かした自分だからこその仕事で循環をし続けられたら幸せだと思っていたのだと思う。
 そして、そういう思いを叶えていくためには、出会いも欠かせない。自分で計画しようと思ってもしきれないものがある。だから、奇跡だ。
 「何を思い、誰に出会うか」・・・仕事をするにあたって、さらには、生きていくにあたって、究極はそこなのかもしれないなぁと4月が巡るごとにそう感じている。

中居力さん 4月1日放送の「ほっかいどう元気びと」のお客様は、室蘭で家族とともに音楽を通じたボランティア活動を続ける「サウザンドパワー」の中居 力(つとむ)さん 55歳。中居さんの取り組みの原動力になっているのも“社会との接点への切望”であり、その思いが“出会い”によってかたちになってきた人だ。音楽の活動を続けるその思いの背景を伺った。
 「サウザンドパワー」は、障がい者施設で相談支援専門員をしている力さんと、高校の理科の教師で吹奏楽部の顧問でもある妻の千文さん、小学5年生になる娘の奏(かなで)さんの家族3人のユニット。「サウザンド」は千文さんの「千」、「パワー」は力(つとむ)さんの「力」を当てたのだという。「序列は妻が上。だから、サウザンドが先です」と満面の笑顔で付け加える。
 オカリナと歌でステージは構成され、年に数回の定例ライブの他、地元のイベントや高齢者施設などで出張ライブを行っているという。結成は古く、2003年から。結婚してまもなくだったと言い、奏さんが生まれてからもベビーカーに乗せて演奏に赴いていたのだそう。
中居力さん そもそもの始まりは、力さんの病気療養に遡る。室蘭栄高校卒業後に警察官、自衛官の仕事をしていた20代の中頃に神経の難病である「多発性硬化症」を患い、入院を余儀なくされ、退官。その後、8年もの間、入退院を繰り返し、「自分は社会との接点が無くなってしまうのではないか」という恐怖に押し潰されそうになったという。完治はしない病だが、それでも症状をコントロールしながら障がい者施設に職を得て仕事を復帰。そこで、高校のボランティア部の顧問もしていた妻の千文さんが手話の会の事務局長として力さんの仕事場に訪れていたことで出会いが実り結婚へ。
 収録後に、力さんは、「彼女の真面目さにひとめぼれ」と話されていたが、音楽に関わっていた千文さんとの出会いをきっかけにずっと心の中にあったオカリナを習うことにも繋がったのだそう。
 「ちょうど療養していた時に、レコード店から流れていた宗次郎のオカリナの音色に惹かれ、いつか自分も・・・と思っていたんです」と、力さん。
 楽譜も読めなかったので、“それはそれは血のにじむような特訓だった”そうで、夫婦ふたりでオカリナのユニットが出来るまでに練習したとのこと。そして、「サウザンドパワー」を結成。実際に演奏に足を運ぶと、お年寄りや子供達、皆が喜んでくれて、その嬉しさがまた活力になるのだという。病気療養の時に切望した「社会との接点」を仕事のみならず音楽を通しても実現させてきたのだ。
 「奥さまはまさに“音楽のミューズ”だったんですね」・・・思わずそんな感想が口をついて出た。

 収録は日曜日。千文さんと奏さんも仲良く一家で室蘭からHBCのスタジオへ。力さんはなんの気負いもてらいもなく千文さんの良さや素晴らしさを表現する。一人娘は愛おしいのだろうなという眼差しをふんだんに奏さんに注ぐ。
 病やそれによる退職など、沢山の“挫折”も経験し、「社会との接点」を失う怖さも味わっただろう。でも、“だからこそ”の優しさや共に生きる人への尊敬の念もより引き出されていったのではないか。だからこそ、家族一緒に届ける音楽で喜んで貰うことがほんとうに心から楽しいのではないか・・・そんなことをご家族のトライアングルから感じさせていただいた。

 春4月。社会の扉を初めて開けて仕事という一歩を踏み出す皆さんへ・・・。
 きっといろいろなことがあると思う。予期せぬことも、想像していなかった困難もあるだろう。いや、確実に試練はある。
 でも、思いがけないことが「使命」を連れてくることがある。むしろ、予期せぬことのほうにそれは隠れていることがある。渦中ではほんとうに辛い時もあれば、ずっとこのトンネルが続くのかと萎えそうになる時もあるが、過ぎ去ってみれば、あの出来事が、あの出会いが、「今の自分を作った」と必ず思えてくる。
 あとから振り返ってみると思い出の情景は、楽しかったことも辛かったこともグラデーションになって、いつしか同じような色になっているのだ。
 自分のまだまだ見えない力を楽しみに、信じた道を進んで欲しいと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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