ほっかいどう元気びと

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2018年4月15日のゲスト

遠藤 信心さん
「第1回 全国キッズ落語北海道大会」
小学生部門 初代チャンピオン
遠藤信心さん

滝川市出身 11歳。小学6年生。
7歳のときに学習教材のCDで初めて「まんじゅうこわい」を聴いて落語に興味を持ち、翌年から「砂川市地域交流センターゆう」で笑生十八番(しょうせいおはこ)さんが指導する子ども落語教室に通い始める。
2016年には宮崎県で開催された大会で、初出場で2位に。
去年、砂川で行われた「第1回全国キッズ落語北海道大会」小学生部門では初代チャンピオンに輝いた。高座名は、自分の名前と好物の枝豆からつけた「信幸亭豆心(しんこうてい まめごころ)」。

村井裕子のインタビュー後記

 ここのところのインタビュー後記は、“高齢化と言われる時代にこそプラスの心持ちと言葉を”といった内容で数回書いた。世間で言い古されている「もう年だから」という口癖をやめて、智慧と肯定的な考え方をフル回転、「むしろ、これから」の気持ちで生きましょうよ、と。
 そんな折、芥川賞を63歳という年齢で授賞した若竹千佐子さんのインタビュー記事をいくつか目にし、同じような思いに嬉しさを覚えた。要約すると・・・今の日本の社会は老いをプラスにとらえていない。不安の面ばかりが強調されている。年を重ねれば肉体的な衰えはあるが、喜怒哀楽や物事の良し悪しを長いスパンで味わったり、洞察出来るようになる。いくつになっても、新しく何かが分かることって楽しいものだ、と。そして、受賞作品『おらおらでひとりいぐも』(河出書房新社)に込めたかった思いを、こう続ける。
 「女性は、人生のそれぞれの段階で役割があるが、おばあさんになると役割が消えていく。その役割から解き放たれて、孤独だけれども自由になったときに何を考えるのか。そこから生まれる“おばあさんの哲学”を書きたかった」(文藝春秋 三月特別号)
 んだ、んだ。まったぐそのとおりだ。おらもおなじごどをかんがえでだ。まっこど、“ひとりいぐも”のてづがくはだいじだ。・・・なんて、物語の主人公の「桃子さん」のように思わず岩手弁で脳内会話をしてしまう。
 「おばあさんの哲学」・・・究極、独りでも生きていく力をさらに育むために孤独という崇高な時間と空間の中で何を熟成させるか・・・言葉にするとそういうことを私も深めていきたかったのだなと、60代の新人作家から触発をいただいた。

遠藤信心さん 「ほっかいどう元気びと」は、今回もそんな人生の大先輩のゲスト・・・ではなく、ぐんと若返って4月第三週は11歳のお客さま。出演者は10代から80代というウイングの広さ、そのあたりがこの番組の良さでもある・・・と自負している。
 滝川からお母さんと共にスタジオに来てくれたのは、「信幸亭豆心(しんこうていまめごころ)」という高座名の小学6年生の遠藤信心くん。昨年11月に砂川市で開催された「第1回全国キッズ落語北海道大会」で初代チャンピオンに輝き、尚も様々な大会を目指して稽古に励んでいるという。落語に取り組む楽しさ、そして、将来の夢を聞かせて貰った。
 遠藤くんが落語に興味を抱いたのは7歳の時。学習教材のCDで「まんじゅうこわい」を聞いて、最初は「何人もが話しているのかと思った」そう。ひとりで何役もするのだと分かり自分もやってみたくなったとのこと。もともと、「お喋り好き」なのだそうで、落語を好きな自分のことを臆せず話してくれる。
 その日々はと言えば、月に2回ほど「砂川市地域交流センターゆう」の落語教室で笑生十八番さんに稽古をつけて貰い、毎日の練習はお母さん相手。勉強もこなし、塾にも通い、落語の練習は晩ご飯の後。先生よりも厳しいため、時々険悪な空気になってぷいっと寝てしまうこともあると言うが、遠藤くんが口にする「かあちゃん」という呼び名が可愛らしい。
  落語の台本がいくつも綴じられているファイルを収録後に見せてくれたが、手書きやパソコンで打たれたその原稿は、“かあちゃん”がテープ起こししてくれたものだそう。子供の興味や好奇心を支える親心。子供のいない私は、ああ、こうやって私の親も私が興味があることに一心に手をかけてくれたことがあったなと子供時代に与えられた沢山のことを思い出し、何とも有り難い気持ちが蘇ってきたのだった。

遠藤信心さん 「信幸亭豆心」としてこの後目指すのは、宮崎で行われる「第10回 子ども落語全国大会」で1位を獲ること。収録内でも砂川でチャンピオンになった時の演目「お見立て」の一節を披露して貰い、その声の響きと思い切りの良さに驚かされたが、さらに、声の強弱や登場人物の演じ分けを稽古しなくてはならないのだそうだ。
 そして、将来の夢は、「救急救命士」。落語は趣味として人を楽しませ、仕事では人を助けたいという。そのために勉強も頑張っていますと、子供と大人のまなざしが混ざったような目でしっかりとこちらを見ながら答えてくれた。
 人が楽しいと思っていることを聞くのはやはり楽しい。子供ならなおさら、それが真っ直ぐに届く。自分の10代の頃のワクワクが何度もフラッシュバックされてきたインタビューだった。

 いわゆる「子供にインタビューする時」に私が心していることは、「大人と同じように向き合うこと」「大人に対するのと同じように話すこと」、そして、「大人と同じように“尊敬の念”を持つこと」、この3つだ。年が若くても、幼くても、“何らかの可能性を秘めた生きもの”だと思うからだ。そんな思いをさらに深めるきっかけになったのが、ある時知ったこんな言葉。
 「子どもは不完全な大人ではない。大人が不完全な子どもなのである」
 私が担当する「話し方」の継続講座の受講生の方が教えてくれたもの。茂木健一郎さんが子供の脳の驚くべき能力について講演で語っていたのだそうだ。
 茂木さんのツイッターにはこう書かれている。
 「不完全な子どもがだんだん完全な大人になっていくのではなく、完全な子どもがだんだん不完全な大人になっていくのである。好奇心を持つこと、箱の外に出ること、自分を変えていくこと。この能力において子どもは完全で大人は不完全だ。大人の最大の野心は、ずっと子ども心を失わないことであるべきだ」
 凄いなと思う。ほんとうにそうだと思う。空っぽなのは、子供ではなく大人のほう。大人こそ、“失ってはいけないこと”を大事に、意志の力と智慧でそれを育んでいかなくてはならないのだ。落語にチャレンジする11歳の遠藤信心くんとのインタビューで、まだ小さな頭にぎっしりと落語の台詞や興味が詰まっているのを感じ、大人になってもそのワクワクのまま力を発揮していって欲しいなと、未来の可能性にエールを贈る気持ちになった。

 翻って、高齢者だ。だからこそ、「好奇心を持つこと」「箱の外に出ること」「自分を変えていくこと」、その能力をちゃんと伸ばしていって“完全を取り戻さなくてはならない”のだよな~と、今回の後記は、ぐるっと一周して「おばあさんの哲学」に戻ってきたのだった。

(インタビュー後記 村井裕子)

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