ほっかいどう元気びと

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2018年6月3日のゲスト

秋山 博行さん
ハンター/音威子府村地域おこし協力隊
秋山博行さん

神奈川県出身 38歳。
大学を卒業後、東京でコピー機の営業職に就くが半年程で退社。その後、保育士の資格をとり山梨県の児童養護施設で10年間勤める。
2016年、「自然の中で生きたい」という夢と、新しいチャレンジをするなら今しかないという思いから、地域おこし協力隊として音威子府村に移住。
村の高齢者支援をしながら、エゾシカ猟とその活用を目指した取り組みを行っている。

村井裕子のインタビュー後記

 海の向こうのカンヌ映画祭から是枝裕和監督作品が最高賞を獲得したとのニュースが届いた。是枝さんが創る映像の中で生きる人々はまるでドキュメンタリーのようなリアルな息づかいをしている。そんなふうに人の奥底にある心情まで掬い取る観察眼はどうやって培われたのだろう。去年9月、「TV映像から再発見する<札幌>」と題されたTV作品上映とトークのイベントで、是枝さんの映像制作の原点がHBC制作「東芝日曜劇場」だったという事実を知って腑に落ちたのを覚えている。
 HBCドラマ制作に長年携わった元プロデューサーの長沼修さんとの対談で小学生の頃からドラマ好きだったと話す是枝さん、70年代から80年代にかけて「日曜劇場」も欠かさず見る中で特に惹き付けられていったのがHBC制作のもの。倉本聰脚本「うちのホンカンシリーズ」など北を舞台にして創られたドラマの数々から刺激を受けたのだという。
 時代の今を切り取る映像の創り手の“鉱脈”を形づくるきっかけになったのが地方局が草創期に魂を込めて創っていたドラマだったなんて、それこそが無形の文化財のたまものと北海道に住む者として誇りに思う。北海道の「産業遺産」ならぬ「放送遺産」。
 是枝さんの映像の世界が追いかけるのはなにげない日常や見逃しがちな日常に生きる人々であり、それはHBC制作ドラマもまさにそうだった。小さな町のごく普通の駐在所の警察官や冬季オリンピック開会式で風船を上げる責任者となった男とその夫婦の物語。一生懸命だからこそどこか可笑しく、悲しく、泣けてくる。どこにでもいる、ありふれた人々の中にひとつひとつのドラマがあるという目線は、今だからこそ大事にしたい普遍のテーマなのだと改めて思う。

秋山博行さん 「ほっかいどう元気びと」に出ていただく方々も、様々な地方でいろいろな暮らしを営む“市井”の人達だ。その人の中にどんなドラマがあるのか、その周りの人達とどんな日常を送っているのか、そんな中にどんな生きる力ともいうべき“宝”があるのか。限られた時間内にインタビューで引き出す難しさと醍醐味を感じつつ、同時に私も私という自分のドラマを1フレームずつ繋いでいる実感がある。
 今回は、まさに大自然という素材に恵まれた道北の音威子府村からのお客さま。ここに2年前に「地域おこし協力隊」として移住してきた秋山博行さん 38歳。どんな思いで北海道にやってきて、どんな夢を描いているのかを伺った。
 「生まれたのは母の出身地の沖縄県ですが、その後東京、神奈川、大阪などで過ごしました」という秋山さんが北海道で暮らすようになったのは、元々自然の中で生きたいという願望があったからとのこと。大学卒業後に入社したコピー機の会社の営業職を半年で辞めた後、保育士の資格を取って山梨の児童養護施設に10年勤務。そうして音威子府村の地域おこし協力隊として来道するわけだが、その時にはすでにシカ猟のハンターとして北海道で生きていくことも視野に入れ、シカ対策事業としてはまだこれからという音威子府村を選んだのだという。
 興味深いのは、秋山さんの父親が元々シカ猟に興味を持っていて、いつか北海道へ移住したいという思いを持っていたということ。30代中頃の秋山さんはチャレンジするなら今というタイミング、60代の父親は仕事を一区切り付けてやりたいことにチャレンジしようというタイミングが合致し、ともに音威子府村へ移住したのだという。雑談の中で、「母は沖縄に住み、夏には北海道に遊びに来ますよ」と話されていたが、家族のかたちはそれぞれなのだという新しい選択の自由さが伝わってくる。

秋山博行さん 今、秋山さんの「地域おこし協力隊」の仕事としては、高齢者支援として地域のお年寄りのサポート。買い物支援や送迎、夏場の草取り、冬場の雪かきなどなど、行政が手の届かない日常の生活の手伝いを日々しているというが、同時に、村の大きな課題でもあるシカの個体数調整のためのシカ狩りにも地元の猟友会と協力して取り組み、さらに、現在音威子府村では駆除してもほとんど廃棄処分にするしかないシカ肉加工の事業を興す準備を進めているという。将来的には、食肉処理業や食肉加工の許可も取って6次産業化を進め、村のちょっとしたお土産は勿論、全寮制のおといねっぷ美術工芸高校の食事にも提供していけたらと夢を語る。
 新天地で自分のやりたい仕事を叶えるためには、人との信頼関係が何より欠かせないだろう。サポートするお年寄り達は勿論、役場や農家の人達、同じ新規移住者の人達とどのようなコミュニケーションを築いているのか、収録後に、「新しい土地に溶け込んで、夢を叶えるための秘訣はなんだと思いますか?」と問いかけると、こんな言葉が返ってきた。
 「一番大事なのは、自分を全部出すこと。きちんと意思表示をして、みんなを味方にすること」
 つまり、周りの人にとって“いったいあの人はここで何をしたいのか”をはっきりさせること。そのために、思いはちゃんと伝えるということだと思いますと、静かな口調に力が込もっていた。

 毎週いろいろな取り組みのひとりひとりにインタビューする聴き手の私の頭の中では、いつも何らかの映像が浮かんでいる。その人とその場所、取り巻く人達を登場人物にどんなドラマになるだろう、と。
 音威子府へ父親と移住してきた秋山さんは、「地域おこし協力隊」の任期が切れたあともこの地に残り、北海道だからこそ、この地域だからこその仕事を立ち上げて、道北の地に生きていくという。大自然の中でのシカとの共存とその活用には大変なことも少なくないだろう。自分と自然、自分と他人との間で沢山の摩擦もあるかもしれない。でも、だからこそ、思いがけない力が湧き出てくるようなドラマが生まれるに違いない。そして、何よりも北海道という地で生きる周囲の人達が日々に彩りを与えてくれるはず。そんな取り巻く人々を“良き人”にしていくかどうかも、主人公である“自分次第”なのだろうなと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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