ほっかいどう元気びと

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2018年6月10日のゲスト

大須賀 るえ子さん
白老楽しく・やさしいアイヌ語教室 主宰
大須賀るえ子さん

白老町出身 78歳。
アイヌ民族の祖父母と父をもち、白老町で1歳まで過ごしたのち鵡川町で育つ。
高校卒業後は苫小牧で事務の仕事に就き、その後、親が営んでいた「白老民芸会館」で43年間にわたり民芸品販売をする。
50歳の時に知人に誘われてアイヌ語教室に通い始め、その奥深さに魅了され、1998年に「白老楽しく・やさしいアイヌ語教室」を立ち上げた。

村井裕子のインタビュー後記

 「生まれて来たそのわけは 今もまだわからないけれど 
 それでも 生きてゆくその意味は 少しだけ 分かったかもしれない」
 心にしみるメロディでそう歌う小田和正さんの『風は止んだ』という曲がある。
 ほんとうにそうだなぁと最近しみじみ思う。命を授かり、今ここに生きている不思議。理由は分からないけれど、だからこそ、ひとりひとりに生きていく意味は必ずある。「ほんとうに分かった!」とは確信も断言も出来ないが、だいぶ年を重ねて還暦を過ぎるあたりには「・・・かもしれない」位はうすうす腑に落ちてくる。
 『ほっかいどう元気びと』でおひとりずつお話を伺っていると、皆、まっすぐにそれぞれの“生きる意味”と向き合っているのが感じられる。そういう皆さんは、とても素敵な佇まいをされている。

大須賀るえ子さん 今回のお客さまは、白老町で「白老楽しく・やさしいアイヌ語教室」を主宰する大須賀るえ子さん 78歳。祖父母と父がアイヌ民族だったそうだが、アイヌ語を改めて知り言語からアイヌ民族への意識を深めていったのは50歳頃のことだったという。「そこから自分のさらなる人生の意味を感じてきました」と語るその思いを伺った。
 事務の仕事を経て、親が営むポロトコタンの店で民芸品販売の仕事をしていた大須賀さんがアイヌ語を学んでみようと思ったのは、知人に「誘われて、なんとなく」という気軽なものだったとか。その当時、アイヌ文化研究の第一人者である萱野茂さんが二風谷を拠点にアイヌ語を伝える活動を熱心にされていたのをきっかけに道内各地でアイヌ語教室が出来、大須賀さんもその流れの中でアイヌ語と出会ったとのこと。アイヌ民族の血を引きながらもすでに和人としての生活や教育の中で育ったという若い時代を経て、「アイヌ=人間」という意味を50にして初めて知り、その言語の奥深さに惹かれていったのだという。
 文法や発音、意味のひとつひとつはとても難しかったそうだが、「猛勉強して学んだ」結果、面白さが増し、自身で教室を主宰することに。その責任の重さに尻込みするような気持ちになったこともあったそうだが、「これこそが私のやるべきことだったのだと、先祖の後押しも強く感じてここまでやってきました」と溢れる気持ちとともに自身の役割を語る。

 今年は、道などが主体となって「北海道150年事業」と銘打たれた様々な催しも企画されているが、「北海道と“命名されてから”の150年」なのだという意識を道民ひとりひとりがもっと深く考える節目でもあると改めて思う。その150年よりもさらに前からこの大地には先住民族が暮らしを営んでいたという歴史を。そして、この150年の中で行われた排除と差別の歴史を。何が行われて、何が行われなかったのか。国は、人はどういう考え方や振る舞いをすべきだったのか、何を悔い改め、今何をさらに進めなければならないのかということを。・・・気がつけば、「人権侵害」という問題を私達はどう考えるのかという連綿と繋がってきた人としての大切な課題には未だ答えが出ていないことばかり。掘り起こして考えれば、今起こっている様々な問題とも根っこは深いところで繋がっていることに改めて行き当たる。
 アイヌ民族と和人の両方の血を受け継ぐ大須賀さんが50年という“普通の暮らし”のその後に取り組み始めたことも、アイヌの人達の言語を通し、そこに込められた精神性や民族の根幹をなす目に見えないものの重さの受け渡しに他ならないのだろう。

大須賀るえ子さん 収録後にさらにお話を伺う中で、大須賀さんは「白老の私の家に遊びに来てみて」と優しい表情でスタッフ皆に声を掛ける。「今の私の暮らしはアイヌのやり方。今はアイヌとして生きているの。その暮らしぶりも伝えたいの」と、春は山菜を採る楽しさ、家の周りに勝手に生えた樹にやってくる鳥の話、オオウバユリの球根からデンプンを採るその手順を丁寧に話してくれる。その「今、アイヌの暮らしを楽しんでいる」という根っこは、5歳の時にアイヌ民族の祖母と1年半暮らした経験があったからこそだという話も嬉しそうに。そのおばあさんは幼い大須賀さんをどこにでも連れて行き、山の薪拾いでは小さな背中にもその力に見合った薪を背負わせて、人にとっての“仕事”とは何かを教えてくれたのだそうだ。
 「先住民族の智慧」というのがここ25年位だろうか、世界の各地で肯定的に捉える意識が深まってきている。経済効率や利益重視の世の中で見失った大切な価値観を掬い直すように、争いを避け自然とともに暮らす人々の哲学や智慧に学ぼうという考え方が再認識されている。アイヌ民族の智慧もまさにそう。それは、若い人には“新しく、おしゃれで、カッコいい”価値観にもなり得るはずだ。
 大須賀さんは、アイヌ語という言語を通じて、特にアイヌの血を引く若い人達にアイヌ民族が大事にしていた考え方も伝えたいと話されていた。それを学び、深く知ることで自分自身を知ることも出来る。それにより自信も付く。そうして、それが尊厳を守ることにも繋がる。それがこれからまだまだ果たしていきたい仕事です、と。

 ひとりひとりの生きる意味。・・・何かを創り出したり、繋いだり、受け渡したり、残したり。誰かを支えたり、救ったり、幸せにしたり、喜ばせたり。・・・それらは人の数だけ必ずある。解答を見つけるのは難しいが自分の中にそれを探していくのもまた“生きる”楽しさ。
 2020年春に白老ポロト湖畔にアイヌ民族の文化復興拠点「民族共生象徴空間」が開設予定で準備が着々と行われているが、雑談の締めくくりに大須賀さんは嬉しそうに話す。
 「オープンの4月24日はちょうど私の誕生日。まずはそこまでちゃんと元気でいて若い人達にアイヌ語を受け渡すことを頑張ろうと思います」
 アイヌ文化の新たなスタートと“80歳という節目”。その見えない繋がりに思わず頷く。
 大須賀さんは、50歳からのこの責任ある仕事は“先祖のはからい”と話されていたが、「自分にとっての生きる意味は何だろう」と真摯に向き合う人に、見えない何かは偶然を装って沢山の“符号”を授けてくれるのだと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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