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2018年7月1日のゲスト

林田 直樹さん
靴磨き専門「MIGAKI」代表
林田直樹さん

長崎県出身 38歳。
山口大学卒業。25歳の時に大学時代の友人に誘われ旭川に移り住む。
アパレルショップで働くうちに革靴、そしてシューケアに興味を持ち、札幌の靴磨き専門店のワークショップに1年間通い技術を学ぶ。
その後、古着屋の靴を借りて靴磨きの腕を磨き、2015年頃からSNSやイベントなどで注文を受ける靴磨き専門の「MIGAKI」を旭川ではじめた。

村井裕子のインタビュー後記

 かなり前のことだが、アナウンサーの後輩女性が次なる目標を内に秘め放送局を辞めた。送別会での挨拶を今でも覚えている。彼女は毅然として言った。
 「局を辞めるからには覚悟もある。靴磨きから始めるつもりでここを旅立ちます!」
 “靴磨きから始める”。今の時代だとあまりピンとこない喩えなのだろうが、昭和世代はめっぽう腑に落ちる。遡れば、戦後の焼け跡で身寄りのない少年少女がその日の食い扶持を稼ぐために始めた“靴磨き”。腕一本の技術と来る日も来る日も同じ作業を丁寧に続けるという創意工夫と熱意によってそこからのし上がっていった人々もいたところから、そんなふうに夢へ向かう覚悟を語る比喩として靴磨きが引き合いに出されてきたのだろう。
 後輩がその後どんな“修行”を重ねて行ったのかは風の噂で聞くのみだが、覚悟を決めて踏み出した人は強い。きっと数々の“靴磨き”で気づきを得て自身の役割を見つけていったのだと信じている。

林田直樹さん 時代は大きく変わって、現代の“靴磨き職人”はとてもスタイリッシュで憧れの対象でもあるという。今回の「ほっかいどう元気びと」でそんな“ムーブメント”があることを知った。お客様は、旭川で靴磨き専門の「MIGAKI」を2015年にスタートさせた林田直樹さん 38歳。店舗を構えず、また、路上に座ってお客を待つのでもなく、SNSなどネットで連絡を貰って靴を引き取りに行き、ピカピカに磨いて後日届けるという“出掛けていく”靴磨き屋さん。さらにはイベントなどに参加することもあるという。靴磨きの何に惹かれたのか、どんな展開をしていきたいのか、お話を伺った。
 きっかけは、アパレルショップで働いていた時に革靴が好きになり、専門の雑誌にあった“靴の手入れの仕方”に興味が湧き、面白そうと思ってワークショップに出掛け、そこで磨き方を知るうちにもっともっとと深めたくなったのが始まりという。その後、古着屋さんの革靴を磨かせて貰う“修行”をするうちに仕事にしていこうという思いも固まったのだとか。
 林田さんが夢中になったそのワークショップを開いていたのが、スタイリッシュな靴磨き専門店として東京で注目を集める「ブリフトアッシュ」。札幌にも拠点が出来たことを知り、旭川から通って技を磨いたのだそうだが、林田さんが感じた魅力というのはその雰囲気と靴磨き職人の格好良さだったという。
 東京青山のその専門店はまるでバーのような洒落た雰囲気の中で靴を磨くというスタイル。そして、磨く職人もセンスのいい出で立ちで、それぞれがその仕事に誇りを持っているという格好良さ。自分もあんなふうになれたらと、憧れたのだそうだ。
 その職人達が格好いいのは、“靴磨き職人”としての仕事観のようなものが何か影響しているのだろうかと思い、「その人達の仕事に対する哲学ってどのようなものなのだと思いますか?」と訊いてみるが、林田さんはそういう観念的なもの以上に「とにかく革靴を磨いているのが嬉しい」という気持ちが強かったとのこと。「僕は掃除とか何かの手入れをするのが基本好きなのだと思います。たまたま革靴。それを極めたい」と。靴磨きは何かを獲得する手段なのではなく、それ自体が目的。どうやったらもっと満足いくように磨けるか・・・そんなワクワクがその中にあることが話ぶりから伝わってくる。

林田直樹さん とはいえ、「靴磨きを自分の生業として確立するためにはまだまだ悩みも迷いも大きく、お店をどう構えるかという仕組みなどをこれから見つけ出していかなければ」と、気持ちの揺れも素直に口にする林田さん。ふと気持ちがぶれそうになる時には、今年1月に参加した「靴磨き日本選手権大会」のことを思い起こすようにしているのだと、収録後、心のよりどころについても詳しく話してくれる。北海道から唯ひとり本選に進むことが出来たその大会は、とにかく雰囲気が圧巻。全国から集ってくる“すごい靴磨き職人達”の姿を思い出すことで、「やっぱりこの仕事でやっていこう」と力が湧いてくるのだそうだ。
 その“すごさ”とは?・・・と問いかけると、「僕にはない自信を持っているということ」。その“自信”とはどういうもの?・・・とさらに紐解いていくと、「その自信は、100足より1000足、1000足より10000足・・・その磨く足数から作られる」との明確な答え。
 どんな取り組みもどんな仕事も同じなのだと共感しながら、「それならもうやるべきことははっきりしているわけですね」とさらに訊くと、「その沢山磨かせて貰えるためにも仕事としての仕組みを考えなくては」と、話は“今何をすべきか”にどんどん集約していく。
 林田さんは、靴ばかりではなく身につけるものを手入れする大切さについても何度か触れていたが、もう一つの仕組み作りとしてそういう価値観を広めていくこともやっていきたいと話されていた。「靴を手入れするのはいいことだというのは、学校では習わないことだから」と。
 胸の裡をゆっくり確認するように言葉は発せられていたが、「千里の道も一歩から」を踏まえることの大切さや、道具を大事に手入れすることの大切さが背景にあることが伝わってきて、後はただご自身がなりたい“すごい職人”への道を歩むだけなのだと感じられた。

 いろんな人の“仕事”の話を聞くのはほんとうに興味深い。それぞれの生き方と直結しているからだ。夢を叶えるための修行としての“靴磨き”ではなく、“靴磨き”そのものに夢を描くのもまたひとつの生き方。時代は確実に多様化しているのだなと改めて思う。
 そういえば、昭和の時代には落語家などの芸人修行で師匠に頭を下げる時の常套句として「雑巾掛けからさせてください」というのもあったなとふと思い出す。修行として手がける雑巾掛けは歯を食いしばりながら上を目指していくイメージだが、お掃除仕事に関しても今は、「ハウスクリーニング」「ビルクリーニング」などスタイリッシュに確立されている。ユニフォームもおしゃれだし、プロとして“掃除”にプライドを持つ人も増えてきた。
 仕事の矜持というものは、誰かが創り出して、発信することで、伝播していくものなのかもしれない。まずは、それぞれが今向き合っている仕事、それがどんなに小さかろうがささやかであろうが、意味を見出し、楽しみ、それを見せていくことで何かがより良く変わっていくのだろう。そんな心持ちによって、もっともっと自分の仕事を愛するプロフェッショナルが増えていけばいいなと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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