ほっかいどう元気びと

日曜日 あさ9:30-9:50

2019年4月21日のゲスト

溝口 雅明さん
ジン鍋アートミュージアム 館長
溝口雅明さん

栗沢町(現岩見沢市)出身 62歳。
北大法学部卒業。国家公務員、民間のシンクタンクを経て自ら会社を立ち上げたのち、1992年から2018年3月まで北星短期大学の教授として勤める。
2005年頃からジンギスカンの歴史と文化に興味をもち、ジンギスカン鍋を集めだし、100枚に達した2016年11月11日に国内唯一の「ジン鍋アートミュージアム」を岩見沢市栗沢町にオープンした。

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村井裕子のインタビュー後記

 ここのところ、「関係人口」という言葉を耳にするようになった。実際の人口を増やすのが難しい中、その地域の魅力を発信してファンを増やし、何度も来てもらうことで活性化を図っていくという、移住という「定住人口」でもなく、観光の「交流人口」でもない“人口”の増やし方。“第三の地域再生”の道として各地様々な工夫がなされているという。
 地元の魅力を再発掘する工夫もいろいろあるが、キーになるのはやはり“人”なのだろうなと思う。『ほっかいどう元気びと』達の取り組みも、そんな視点で見てみると「関係人口」を増やすことにも繋がるであろうケースが少なくない。岩見沢の山を買い、都会に暮らす友人知人のためにエコビレッジやゲストハウスを作りたいと話す「森の出版社 ミチクル」の來嶋路子さん(3月31日放送)の取り組みもそうだし、江別に惚れ込み、地域交流地点となるカフェを作って人を繋ぐ活動をする「コミュニケーションクラブOoTS」の大川直久さん(3月17日放送)のやり方も、面白そうな人達がいるマチとしてユニークな人を引き寄せそうだ。
溝口雅明さん 今回の「元気びと」、溝口雅明さん(62歳)が作った“こだわりの場”も、面白そうだから行ってみたいと思っている人や毎年シーズンを楽しみにしている人達が“わざわざ”足を運ぶ“交流地点”になりつつあるらしい。岩見沢市栗沢町万字仲町8番地という“行くのにやや不便な”ところにその“こだわり”の私設博物館はある。様々な形をしたジンギスカン鍋が320枚集められているという「ジン鍋アートミュージアム」。冬場はお休みで(除雪が大変らしい・・・)、4月末から11月まで月に一回程度、土日に開館。この春は4月28日にオープンして29日(羊肉の日)には恒例のジンギスカンパーティである「持ち寄りジンパ」も行われるという。“ジンギスカンはジンギスカン鍋で食べる”という魅力を皆で確かめ合い、広めていこうという取り組みだそうだが、「とにかく面白いからやっています」「世界でもここくらいですよ、こんなことやっているのは(笑)」と話す口調は大人の遊びのようでもあり、大学のゼミのような真面目な研究のようでもあり・・・その“おもしろ真面目”な取り組みがどんなふうに人を惹き付けているのか、興味津々訊いてみた。

 そもそも、ジンギスカン鍋を集め始めたのは2005年のこと。当時、北星短期大学で教授をされていた溝口さん主宰の異業種交流会で、ジンギスカンの歴史やジンギスカンパーティ(ジンパ)の研究をライフワークとする新聞記者の北野隆志さんと出会い、その研究を鍋の部門で手伝おうと古いジンギスカン鍋を探し始めたのが始まりだったという。
 溝口さんの実家は、かつて、今のその博物館の場所で食料品店を営んでいたそうで、倉庫から見つけた4枚の鍋をきっかけに、仲間達が集めたものや持ち込まれるものなどで枚数があれよあれよと増えていき、百枚集まったら博物館を作ろうという熱い思いが現実になっていったとのこと。
 “この場所に”という思いは、食料品店を営んでいた実家のあった場所だからというのは勿論だが、かつて万字炭鉱として栄え、後に閉山して過疎のマチになったこの場所にこういった拠点を置くことも意味があるという思いもあるのだという。2016年11月11日の開設だが、この日は旧国鉄万字線の開通記念日。土地への思いはそんなところにも表れている。
 溝口さんは言う。ジンギスカン鍋は例えば鉄製品は作る地域や場所によって形も様々。まさにアートの世界。さらに、時代によって形状の変遷もあるので、見るだけでも歴史が感じられて興味深い。是非、一度見に来て、と。そして、「動態保存」と表現されていたが、ジンギスカンの味を最大限に引き出すのはやはりジンギスカン鍋で焼いて食べるのに限る。貸し出しもしているので大いに使って、“持ち寄りジンパ”の時には一緒に楽しみましょうと楽しそうに“ジンギスカン鍋”愛と、そこに集まる人達への慈しみを語ってくれたのだった。

溝口雅明さん そして、収録後に、「そうそう、この間こんなことがありまして・・・」とさらにユニークなおまけの話。先日、岩見沢を拠点に活動するミュージシャンが数人訪れて、何を相談されるかと思えば、「ジンギスカン鍋を楽器として叩かせてほしい」という依頼だったそう。溝口さん、そのオープンな対応で「いいよ」と気軽に応じ、スティックで叩くのを聴くと、「これが、みんな違う音色だったんだよね」と話す。ジンギスカン鍋を打楽器として使うことを了承し、この夏、この場所でのライブ開催を決めたのだという。ジンギスカン鍋の「動態保存」。その“動態”は羊肉を焼くだけではないという何やら愉快な広がりには、“鍋本人” (?)が一番驚いているに違いない。「もちろん、その時もライブとライブの合間にジンパをやりますよ」とのこと。音色を奏でて、そして、肉も焼けるジンギスカン鍋って・・・何という潜在力だ。・・・いや、逆だ。肉を焼けて、音色も奏でるジンギスカン鍋・・・だ。どちらにしても、益々、面白いこと好きな人達の熱い視線を浴びるのだろうな・・・と想像が楽しく広がった。

 万字という過疎地に私設ミュージアムを作るという思いも、その地域に思いを込めて活動を続けるミュージシャン達も、都会に軸足を置いて人を集めるというやり方ではなく、「この地域で面白いことをするから、ちょっと遠いけど、“ここに”来てみて・・・」というスタンスが共通だ。あの場所で、何か面白いことをやっている人がいる。楽しい集まりがあるらしい。あの場所に、ワクワクする何かが待っている・・・そんなことが吸引力となって何かしらの「関係人口」の糸口が出来ていけば土地も喜ぶだろう。
 「持ち寄りジンパの日は、もう、住民の数よりもよそから集まってきた人達の数で賑わいます」と話す溝口さんのお話を聴きながら、過疎と言われる地域に人を呼ぶきっかけは、まずは人と人が“楽しさや面白さ”、そして、“美味しさ”を共有するところから始まり、気づくと歴史や文化の“学び”にも意外と深く繋がる・・・というのがいいのかもしれないと感じた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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パーソナリティ

村井裕子 フリーキャスター/声と言葉の自己表現「村井塾」主宰

HBCで18年間勤務の後、フリーとして活動。現在は放送や朗読表現活動の他、札幌や帯広など道内各地で「話し方」「朗読」講座を通し、声と言葉の自己表現による人の魅力作りにも尽力する。

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