ほっかいどう元気びと

日曜日 あさ9:30?9:50

2018年6月17日のゲスト

續 晶子さん
北海道立子ども総合医療・療育センター センター長/
医学博士
續晶子さん

東京都出身 64歳。
医師として障がい児のリハビリに携わっていた両親の影響で、岩手医科大学に進学、卒業後は小児科医として勤務。
同じく医師である夫とともに北海道に移り住み、1998年からは「道立札幌肢体不自由児総合療育センター」に勤務し、昨年10月「北海道立子ども総合医療・療育センター」のセンター長に就任した。

radikoのタイムフリーを使用すると、放送終了から1週間ほど番組を聴くことができます。

村井裕子のインタビュー後記

續晶子さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、札幌にある「北海道立 子ども総合医療・療育センター」のセンター長を去年10月から務めている續 晶子さん 64歳。通称「コドモックル」と呼ばれる道内唯一の小児総合専門病院を率いる日々の思いを伺った。
 道立のこの病院は、子どもの病気や障がいに対して、胎児の段階から一貫してケアや治療を行い、リハビリまで対応可能にした施設とのこと。同じ棟にすべての機能を集約させ、様々な科の連携が可能となっているのは全国でも珍しいのだという。

 この日の収録は、續さんがセンター長としての仕事を終えた夜から。収録に入る前に、入院や外来の子ども達がどんな病気と向き合い、どんなリハビリを受けているのかというお話を予めゆっくり訊かせていただく。いろいろな病気、障がい、生まれながらの疾患と向き合う子ども達。そして、支える家族の思い。治る病気もあれば、ある程度までしか治らないものもあるという現実。そこからの“療育”への取り組み。そのひとつひとつのケアについて。
 患者の立場の子ども達やその家族に対しての医療関係者達の気づかいは想像以上のものがあるに違いないと、様々に思いを巡らしながらインタビューはスタート。續さんは多分病院内でもそういう笑顔で歩かれているのだろうなといった柔らかい表情で、特に子ども達の“力”について思いを込める。
 「子ども達はやる気満々、生きる気満々なんです。その強みを伸ばしてあげればちゃんと伸びていく。それを私達は手助けするだけです」
 子どもは物心ついて自分が病気や障がいを持っていることに気づいても、そういう状態が自分自身。その事実を受け止める力が凄いのだと。ふと、“生きもの”はそういう生命力を持っているものだったと思い起こす。自分の状態がああだこうだと悲観する生きものなどいない。事実をただ受け止める。子どもはそういう基本的な強いパワーを秘めているということなのだ。関わる側はその力によって発揮される可能性を見せて貰う醍醐味があるのだ、と續さんは続ける。とはいえ、社会という外に出た時に自分の身体の状態を初めて意識して落ち込む子どももいる。だから“コドモックル”は、子どもが本来の力を存分に伸ばせるように継続してサポート出来る場でありたいし、戻ってきた時に安心出来る場であり続けたいと話す。
 小児総合専門病院というのは大人達のそういう思いが一心に集められている場所なのだろう。施設内のアートのある風景や温もりある空間作りにも多くの人が関わって居心地良くしてくれているという話からも、沢山の優しさや祈りが込められている場の空気が伝わってくるようだった。

續晶子さん そもそも續さんが小児科医になろうと志したのは、整形外科医の父親と小児科医の母親の影響が大きかったそう。特に父親は障がい児のリハビリに携わり、当時としては先駆的だった“療育”を根づかせる医療を推し進めていたという。身体の不自由な子ども達を外に連れ出して遊ばせたり運動させたりというケアを見ていた續さんも同じ道へと志し、岩手医科大学へ。同級生だったお連れ合いの地元が札幌だったことからこの地で小児科医としての経験を積み、「道立札幌肢体不自由児総合療育センター」を経て今の立場に推されたという。
 4人のお子さんを育て上げた“お母さん”でもある續さん、スタッフが疲れていてはケアも出来ないのでまずは自分が笑顔にならないとねと話す言葉には、“病院の長”というより、皆の元気や優しさを引き出す役割こそ大いに担っているのだということがにじみ出ていた。

 病気や障がいに向き合う子ども達とその家族達。そういう人達に医療で向き合い、助けようとしている専門家達。・・・續さんの話を聴いて、いろいろな困難と向き合っている人達、そして、そういう人を支えようと関わる人達が確実にいるのだという当たり前のことを改めて考える。そして、人が内に持つ“優しさ”や“支え合い”を皆が持ち寄るということの大切さを改めて思う。このインタビューの同じ日、ある不思議な光景を見て引っかかりを感じたばかりだったのでそんなことをより考えさせられたのかもしれない。
 小さな違和感・・・それは昼の地下鉄の車内でのこと。駅から乗り込むと、屈強頑健な男子学生の集団が皆大きなスポーツバッグを足元に置いて、けだるそうに足を開いて座っている。手には野球グローブ。隣り合うチームメイトとは皆一様に大きな間隔があいている。すいているからそういう座り方をしているのだろうとその時はそう思い私も向かい側の席に座ったが、ひと駅ごとに人が増えてきてもその体勢のまま。一向に間を詰める気配も、席を立つ気配もない。いよいよ混み出し、お年寄り夫婦が乗ってきても微動だにしない。私が立てば何か気づくか?・・・と思い、彼らの目の前で席を替わるが、自分達以外の他人はまるで透明人間のよう。何も目に入らなければ気持ちも動いていない。
 ところが、だ。降りる駅が近づいた時に斜向かいの席に座る上級生達にさっと歩み寄り、規律正しく挨拶したのだ。「お先に失礼しますッ!」と。“透明人間”の他の乗客達の中で唯一存在として認識されていたのは“先輩達”だったという、“他者へ無関心”でありながら身内の縦の“規律”を守るというイマドキ体育会系の一端を見せられた思いがし、その違和感の小さなトゲはまだ気持ちの中に残ったままだ。
 車内という小さな“社会”の中で礼儀を尽くすべきは先輩なのか? 気配りをするべきなのは“自分の属する目上の人”のみなのか? 周りの他者は思いやりの対象ではないのか? そもそも、上に立つ者はそこを教えるのが本当の意味の“体育会系”ではなかったのか?
 世の中には、痛みや辛さを抱えた人、困難と向き合う人、前に進めずに苦しんでいる人・・・様々な事情を抱える人達が大勢いる。そういう人達と交差しながら生きている。自分も支えられている。他者が他者に出来ることはほんの少しだが、だからこそ、“優しさ”や“支え合い”の持ち寄りが出来る世の中へ想像力を膨らませることが欠かせないのではないか。
 ・・・面と向かって注意らしきことが言えない性分の私は、その分、何度も何度も考えてはこんなふうに言葉にし、何が違和感だったのかの答えを見つけ出そうとあがいている。
 彼らもきっと、個の状態の時には“縦”の目線ではなく“水平”の目線で弱い立場の人に優しい心配りをしてあげているはず・・・と信じつつ。

(インタビュー後記 村井裕子)

過去のゲスト・インタビュー後記はこちら

パーソナリティ

村井裕子 フリーキャスター/声と言葉の自己表現「村井塾」主宰

HBCで18年間勤務の後、フリーとして活動。現在は放送や朗読表現活動の他、札幌や帯広など道内各地で「話し方」「朗読」講座を通し、声と言葉の自己表現による人の魅力作りにも尽力する。

メッセージ募集

番組では、みなさんからのメッセージを募集しています。メッセージフォームからお送りください。

メッセージフォームはこちら

HBC TOPRadio TOP▲UP