6月5日放送

 「ほっかいどう元気びと」は、北海道の各分野で活躍するおひとりおひとりにお話を伺っているが、その活動のジャンルは多岐に渡り、まさに「人に仕事あり」。北海道の「仕事図鑑」を見せて貰っているような思いになる。家業を受け継ぐ人、オリジナルの仕事を創り出す人。最も好きなことを仕事にした人、がむしゃらに向き合うことでその仕事に自分としての意味を見出した人などなど…人がどう能力を発揮して仕事を自分のものにしていくかという「仕事の可能性」を考えるヒントにもなる。

坂口智則さん 6月最初にお迎えしたのは、これからの海のシーズン、石狩の3つの海水浴場でライフセーバーとして活躍する「石狩ウォーターパトロール」を率いる坂口智則さん 36歳。海外では職業として成立しているという「ライフガード」だが、やるからには自分達もそこを目指していこうと若手の訓練に尽力し、海の安全のための監視や救助、事故防止の取り組み、さらには事故を生まない環境作りのための子供達への「海育」にも力を入れている。
 ライフガードやライフセーバーという言葉は、聞いたことはあっても実際にどんな人達がどんな活動をしているのか、海水浴に行かなくなって久しい私など「浜辺で監視をしてくれている」位のイメージしかなかったが、お話を聞いていくうちに、その志の強さや、彼らを取り巻く人々、地域をも浮き彫りになっていき、やはり、人の話は実際に聞くことで面白い発見が沢山あるものだと感じさせていただいた。

 坂口さんの海との関わりは、18歳の頃。サーフィンとライフセーバーに触れたのがきっかけだったそうだが、どんなに海が好きでもライフセーバーを職業として生活していくことは難しい。そんな折り、父親に説得されて家業の会社に入社。営業などにも一生懸命取り組んでいたそうだが、頭の隅では「海の仲間は今頃どうしているか、後輩は頑張っている頃か」など海への気持ちは強く残っていたとのこと。そうこうしているうちに胃と十二指腸に大病を患い、入院。動けない身体で先のことも考えられない辛さの中、届けて貰った本を何冊も読むうちに、「ほんとうにしたいことをしなくては」と思い立ち、海で生きることに舵を切ったのだという。ちなみに、それらの本というのは、ホンダの創業者である本田宗一郎さんや京セラの創業者 稲盛和夫さんなど一つのことを成し遂げた経営者や頂点を目指したアスリート達の生き方について書かれたもの。どんな成功の陰にも必ず失敗や挫折があり、それを乗り越えてこそ目標に辿り着くといった人生訓が背中を押したのだそうだ。
 その後会社を辞め、2008年に「北海道ライフセービングクラブ」から分かれた「石狩ウォーターパトロール」の代表に就いて今に至るが、坂口さんが心を砕いたのは仕事の創出だったという。海の安全を守る役割を果たしていくために、仕事を新たに創らなければならない。人に喜んで貰えて対価が発生する仕事はどう作ればいいのかと、人に会いに行き、やり方を学び、立ち上げたのがシーカヤックを楽しんで貰うアウトドアの会社、そして、カフェ。この春からは民宿や食事処もオープンし、ライフセーバーをしたくても生活のために海を離れざるを得ない若い人達のためにも、「この地域で働く」ということをひとつひとつ生み出してきたと話す。

坂口智則さん 「あなたの宝ものは何ですか?」
 収録後の恒例の問いかけへの坂口さんの答は「仲間」。「石狩ウォーターパトロール」には、夏の間、救命救急を学ぶ専門学校の学生達がライフセーバーとして参加するとのことだが、彼らの多くが消防士や救急隊として各方面に就職し、実務経験を積んだ頼もしい存在としてまた海水浴シーズンにボランティア・ライフセーバーとして手伝いに来てくれるという。
 「学生達が実社会でのスキルを持って戻ってきてくれるおかげで石狩の海はどんどん安全が作られています」と、坂口さんの口調には仲間達への誇りがにじむ。
 聞けば、その若者達への訓練はかなりハードなものだそうで、シーズン前からの走り込みや泳ぎの練習は勿論、非常時に強い気持ちを持って的確に動けるようにこれでもかというくらい沢山の想定でシミュレーションを積み重ねるという。そのトレーニングを受け入れ、経験をステップにして社会で人を救助するための仕事に就き、そして、また仲間の元に戻ってきて海の安全を守る。その志を持ち続けるための心身はどうやって作られるのだろう。
 「そんなふうに意志のしっかりした若者を育てる秘訣は?」と坂口さんに訊いてみると、小中学校の先生などからもよくそれを訊かれると言い、坂口さんは笑いながらこう答える。
 「僕がやっていることは・・・食材集めにご飯作り。それと、寝泊まりの準備をすること。たいしたことはしていないんです。あとは、地元の漁師さん達がいろいろやってくれます」
 海を一番知っているその地域の漁師さん達が、沢山の海の知識や知恵を授けてくれ、若い人達もこの場で何をすればいいのかを自ずと身につけていくのだそうだ。
 そして、坂口さんが大事にしているのは、「彼らに日々向き合うこと」。そうして、「自分は何が出来るのかを自分で考えさせること。考えて動くことで生きる力も付いてきます」と、海の安全を守り人の命を助ける活動を通して個々の力が育つことの大切さを話してくれた。

 訥々とした話し方ながらも信念が伝わる言葉を聞きながら気がつくのは、坂口さんが取り組んでいるのは「人作り」であり、そして、石狩の海を含む地域を活かしていく「地域作り」そのものなのだということだ。
 ちょうど、この収録の日の前の数日は石狩の農家の田植え作業真っ盛りで、その手伝いをしてきたと日に焼けた顔で話していた坂口さん。その労働の報酬は秋に収穫されるお米ですと白い歯で笑う。
 若い人の地方への関わり方はその土地その土地でいろいろあっていい。自然に裏打ちされた土地の力、恵みに溢れている北海道だからこそ可能性はまだまだあるだろう。ライフセーバー達が田んぼで働く。そんな関わりが出来る地域こそ、北海道らしいな、理想だなと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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